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時事自考

時事ネタを中心に個人的な考察を上げていきます。

日本人は労働搾取される環境に置かれている

電通の過労死事件で

www.huffingtonpost.jp

電通の過労死事件が話題になっていたようですが、今の日本の状況では普通に起こりうる話だというのが正直な感想です。

こういった方々は、「朝から夜遅くまで働かされている」と言われていますが、檻に閉じ込められていたり、鞭で叩かれながら働いていたりというわけではないと思います。

それに、そんなにツライ仕事なら辞めてしまえば良いというのが、私の考えです。

そういう風に言うと、無責任とか、社会人としての責任云々とか言われそうですが、日本の場合、職業選択の自由は認められていますから、仕事をいつ辞めるのも本質的には自由なはずです。

そう言いながらも、実際に行動できないように仕組まれているのが、今の社会というものです。ですので、その見えない檻に囚われた人たちには同情するところでもあります。

日本人を会社に縛り付ける慣習

日本人がこう言った状況でも働き続けるようになっているのには原因があるのは間違いありません。

 

一つ目は、多く働くことによる「頑張り」を評価する習慣があるということです。

最近、成果主義が浸透してきているようですが、結局、長時間働く方が成果が出ていると見てしまうような無能な人事部や上司が多いおかげか、有名無実なところが多いように思います。

結果として、長時間働いていないことが成果を上げていないと捉えられて、良くないと判断されるようになるわけです。

この辺りは、エクセル表をちょこっといじって管理していると悦に浸っているようなマネージメントのできない人たちこそが諸悪の根源と言えます。

 

二つ目は、調整能力の無い人が上に立っているということです。調整能力もマネージメントの一つだとは思いますが、顧客の言うなりという人が多くあります。そうして、調整をできないまま、その下の人間がツケを支払うというのは、日本の企業においては多くあります。

特に、最近では一般社員にも経営的思考と言って納得させる場合もあるようですが、そもそも実質的な裁量権を与えない状態で経営的思考とか、寝言は寝て言えというところですね。

 

三つ目は、不況を言い訳にした賃金の低下です。本来なら、会社の業績の悪化の責任は役員の責任ですので、社員には責任を取る義務はありません。たとえ不況であっても、社員がちゃんと仕事をしているのであれば、給与を減らすことは本来なら正しいあり方ではありませんが、今は役員がさほど責任を取ることなく、その責任を社員になすりつけている会社が多いです。

この結果として社員の経済状況が悪化し、労働環境が悪かったとしても転職できない状況に追い込まれているのが現状だと思われます。

 

四つ目は、会社による社員の囲い込みです。実際に目立った圧力をかけるようなものもありますが、その多くは、都合のいい情報を取捨選別して与えるということです。

最近は減ってきてはいますが、「30歳過ぎたら転職先なんてほとんど無い」とか、「1つの職場に5年も居られないような根性の無い奴はどこに行ってもダメだ」といったようなものです。

今はそうでも無いかもしれませんが、若いうちの転職は「根性がない」年齢が経ってからの転職は「無謀」というレッテル貼りは、今でも若干あるように思います。

 

こう言ったものによって、良く無い労働環境を改善するための行動に制約がかかることが少なくは無いのかなと思います。

 

個人を尊重する必要性

日本は個人主義の色が強くなってきました。ですが、実際にはそんなことはなく、今でも全体主義的です。これは個人の意見を主張し、それが全体の意見と異なった場合に「叩く」「炎上させる」という現象が起こることからも明らかです。その多くが議論という形になっていない現実を考えれば、全体主義に染まっていると言っても過言ではありません。

また、日本においてはいまだに全体としての枠組みから外れた人間を排除するという面は多くあります。しかし、このまま全体主義的な色に染まったままですと、1つのキッカケで暴走する危険もあります。

その結果、戦争という多くの人が望まない結果に突き進む可能性は少なくありません。特に、大日本帝国時代に麻薬で利益を得ていた政府は、二度目の果実を貪ろうと、戦争を起こしたがっているのは間違いありません。

だからこそ、各個人が独立し、それぞれが尊重されるような社会とするためにも、白痴な全体主義から早急に脱する必要があると思います。