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時事自考

時事ネタを中心に個人的な考察を上げていきます。

癌とは闘うべからず。

なぜ癌と闘うのか?

日本語の妙ではあるが、病気にかかったときに普通は闘うとは言わないものです。例えば、風邪をひいたときに、ひどい場合は症状を緩和する薬を飲むわけですが、基本的に風邪のウイルスと闘うという考えを持つ人は少なく、静養して抵抗力を上げるという考えを持つ人の方が多いように感じます。

しかし、癌については何故か闘うという意識を持つ人が多いのは不思議な感じがします。まさにWhy Japanese people?っていう感じです。

しかし、原理的な面で言えば、癌の原因は体内の毒素が溜まりすぎて体の一部分に集中してしまうという現象であったりします。もちろん、毒素の入って来る量も関係しますが、抵抗力が弱って毒素が中和できなくなってしまうことも原因の一つであったりします。

癌の本質は風邪や食中毒と同じ

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先ほどは風邪と比較しましたが、本質は風邪や食中毒と同じになります。原因と成っている毒素については、細菌が直接原因となっているものに限らず、細菌が放出する毒素が原因になる場合も当然あるわけです。この辺りの仕組みは食中毒のそれと全く変わりません。

また、抵抗力についても、風邪にしろ食中毒にしろ、抵抗力の強い人は症状が出にくかったり、全く出ないということがあるわけです。癌も一緒で毒素を無力化したり排出することができれば、症状が出にくかったり、全く出ないというわけです。

そういったことからもわかるように、癌というのは風邪や食中毒と同じ仕組みで発症していることがわかります。

しかしながら、一方では治療にあたって鋭気を養うとか、抵抗力をつけるとか、悪いものを外に出すといった対処法を上げるのに対し、もう一方ではひたすら闘い続けるという考え方をするのは、明らかにおかしいと言えます。

しかも、一番おかしいのは風邪であれば闘う相手が風邪のウイルスとなりますが、癌の場合、変異しているとは言え、自分の細胞となるわけです。簡単に言えば、自分自身と闘わされるということになります。特に癌細胞は他の細胞が正しく機能させるために、あえて身代わりとなった自分の一部なわけですから、癌細胞と闘うことが如何に酷いことか想像に難くありません。

癌の治療は癌細胞を虐めること

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先ほどまでで、癌細胞というのは、体全体のために代表となって犠牲となった者だという話をしました。兵士であれば、仲間のために身代わりになって弓や銃弾を受け続けた人のような感じです。もちろん、ボロボロですし、戦うことはおろか下手すれば足を引っ張ることになります。

本来であれば、そういった人は労わるのが普通の感覚だと思うのですが、癌の治療はそうではありません。そういった人を「役に立たない」とか「足手まといだ」と言って、毒殺(抗がん剤)しようとしたり、外にそのまま放置(摘出手術)したり、焼き殺し(放射線治療)したりするわけです。

恐ろしい、まさに大○本帝國並の鬼畜の所業という感じですね。でも、実際に癌治療をしている人は、同じことをしていると認識する必要があります。実際に人の心がわかるのであれば、そんなことをすれば当然士気がダダ下がりなわけで、そんなことを繰り返していれば、外からのちょっとした攻撃すら防げなくなってしまい、そのまま敗戦(死)が待っているということです。

癌はむしろ労わるべき

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ここでタイトルに戻りますが、癌や癌細胞は闘う相手ではありません。むしろ、自分が生きるために身代わりになってダメージを受けてくれた細胞だと考えれば、もっと労りの気持ちを持つようにする必要があります。

簡単に言えば、細胞が喜ぶことをすることが肝心です。具体的には

  • 体を温める。(体が温まると新陳代謝が良くなることからもわかるように細胞が喜びます)
  • 体に負担のかからない食べ物を食べる(刺激の強くないものを柔らかくして食べるなど)
  • マッサージなどで血のめぐりを良くする(血は細胞に栄養や酸素を送るので、血の巡りが良くなると細胞が喜びます)
  • 十分な休養を取る(心身の疲れが取れると細胞が活性化します)

といったことを実践すべきでしょう。もちろん、自分自身が幸せを感じるのも重要です。自分がどんより沈んでいたら、細胞が幸せを感じることができなくなってしまうためです。

もし、癌になったら、自分の細胞を、そして自分自身を労わるように心がけるのが良いでしょう。