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時事自考

時事ネタを中心に個人的な考察を上げていきます。

平和のための徴兵制なんてありえないという話

平和のため?

日本は徐々に戦争のできる国になりつつあるわけですが、今日はこんな記事を見つけたので取り上げたいと思います。

ここの記事の中では色々言っていますが、実際に徴兵制が平和に結びついたためしは、過去の日本には一度たりともありませんでした。

そもそも戦争があるから誰も彼もと兵士として駆り出されるわけであって、鶏が先か、卵が先か、という話にはなってしまいますが、有史以来、日本が平和だった時代は大抵徴兵制はありませんでした。

私の記憶が正しければ、日本で徴兵制があったのは、奈良時代、戦国時代、明治〜昭和時代の3つです。

日本は中世以降は武士という特権階級のおかげで、基本的に武士以外が兵士として動くことはありませんでした。

まず奈良時代ですが、普通に朝鮮に出兵して高句麗と戦争をしていました。

次の戦国時代ですが、こちらも国内で戦いに明け暮れていました。

最後の明治〜昭和時代も度重なる戦争を繰り返していました。

逆に平和だった時代はいつというと、平安時代や江戸時代が当てはまります。

平安時代武家の台頭や僧兵などの存在と、米の生産が土地の価値を決めるという価値観から、一般の農民が兵士として動くことはありませんでした。

江戸時代も武家は兵士として特権階級を持っており、一般庶民に代わって生命をかけるからこそ、特権として許容されていたということもあります。

日本だからなのか

日本は島国として、外敵からの侵攻が極めて少なかったという歴史を持っています。

しかし、それを差し置いたとしても、日本においては、徴兵制=戦争の歴史でしかありませんでした。

では、諸外国では徴兵制が平和に貢献したことがあるのか、というと、その可能性は極めて少ないと思われます。

戦争のプロフェショナルだからこそ

これは価値観の問題になってしまいますが、傭兵のような戦争のプロフェッショナルは、可能な限り戦闘を回避しようとします。

なぜなら、戦争のプロフェッショナルは戦争を起こすこと認められるのではなく、自国の利益を守ることで認められるからです。

この違いは大きく、むやみに戦争に突入すると、自分の生命だけでなく、自国の利益も大きく損なうことになります。

これは、ハイリスクローリターンの典型ですが、仮に戦争を回避して自国の利益を守ったとしましょう、すると、自分の生命を秤に乗せることなく、成果を認められるわけです。

ですので、戦争のプロフェッショナルであればあるほど、短絡的な戦争を行うとは考えにくくなります。

それ以外の人間が戦争に関わると

それ以外の人間にとって、戦争以外の利害関係が存在することがあります。

例えば漁師であれば、周辺国から度々密漁されていれば、目障りだと思うでしょうし、農民であれば、他国からの農作物で自分が食べていけなくなるかもしれないという状況になるかもしれません。

もっと言えば、第二次世界大戦前のように、資源を輸入できなくなり、仕事の口がなくなってしまうかもしれないといった、戦争とは直接関係のない恐怖心に煽られるわけです。

そうなると、本来であれば交渉で自国の被害を最小限に抑えられるはずが、勝った時の利益を追い求めて戦争に突入する可能性も相当にありました。

すなわち、徴兵制にすることで、むしろ戦争に関しての流れが一般庶民視点で判断されやすくなると考えられます。

徴兵制は百害あって一利なし

特に、明日から食べていけないかもしれない、なんてことになったら、破れかぶれになる人間も少なからずいるというのが現実です。

どうせ死ぬなら、少しでも可能性の高い方にかける、もしくは他人を道連れに、と考える人は少なくはないと思います。

もし、徴兵制にしてしまえば、軍の中に、そういった不安定要素を抱えることになります。

それが暴走してしまえば、なまじ武器を持っているだけに事態は悪い方向に向かうでしょう。

そう考えると、徴兵制なんて、しない方が平和になるに決まっていると考えられます。